エレベーターの片方あける問題と歩き問題を解消させる妄想

続報・エスカレーター 止まって乗りたい|2度目の五輪パラリンピック 聞いてほしい・NHKオンライン

上記を読んで考えたこと。

ブコメが喧嘩腰すぎて、この問題は「歩くのやめようポスター」さんには荷が重すぎると感じたのでどうすれば解決するか考えます。

ちなみに私は山手線を通勤で使っていますので、そのイメージで。

そもそもなぜエスカレーターを歩くのか

速いから

歩く理由は以上です。他にもあるかもしれませんが、「速い」が圧倒的だと思います。特に通勤時は急いでいる人が多いのです。少し行動を早く始めれば急ぐ必要なんてないじゃないかなんて理由では説得できません。なぜなら速いからです。


片方開けについて、現在のプラットフォームがそういう風に多数のプレイヤーが思考するようになっているのです。これは自然なことであり啓蒙で解決は出来ません。それならば物理で解決するしかありません。

エスカレーターを高速で動かす

例えば「通常の速度+歩き」と同じ速さで動くようにすればいいのではと考えましたが、これは「高速+歩き」というネクストステージの速さを知ることになりその甘い汁を知ったものは歩いてしまいます。解決せず。

エスカレーターを「止まり用」「歩き用」で分ける

これは止まりスタイルが感じる「歩きスタイルからの視線が痛い」は和らげるかもしれません。2機が並んでいればいいかもしれませんが、そのような駅のホームは少なく距離が離れている場合が多々発生し、結局は止まりスタイルエスカレーターでイライラする歩きスタイルが発生してしまいます。解決せず。

それならば幅を狭く2機が並ぶようにすればいいのでは?

1人用エスカレーター2機を並べる

どう考えても2機を並べるコストが高すぎ。解決せず。

歩く必要がないって考える人が少数派になるくらい高速にする

歩きスタイルの思考では、歩きが速いというより、止まりスタイルが遅いからって理由もあると思います。ただでさえエスカレーターを乗るための行列があり、乗った後もゆっくりしていれば歩きたくなる気持ちもわかります。

止まりスタイルが多数派になるくらいの速さになるといいのでは?

これがどの程度の曲線なのかはわかりませんが、意外と歩きたい感はすぐ落ちていく気がします。1.5倍の速度であればかなり落ちるのでは。知らんけど。速さの調節はコストをそこまでかけずに出来そうな気もします。知らんけど。


ところで、エスカレーターの速度には規定があるようです。

三菱電機 エレベーター・エスカレーター

規定で 30m/分 と決まっているようですが、これは無視して妄想を続けます。

速度を上げた場合の安全性


そもそも日本の規定は安全により過ぎている気がして、道路なんて法定速度を超えてる車がたくさん走っています。それならば多少はいんじゃねーの感あります。

さらに、乗りやすさ・降りやすさの向上として、乗る際に前に乗ってる人から1段開けて乗るのが一般的だと思います。それであれば1段の長さを2倍かそれ以上の長さにして乗りやすさ・降りやすさを向上させてみる。

さらに降りやすさを考えると、「手すりはあるけど平らな部分」をもう少し長くしてみる。

ここまでやると既存のものでは出来ないのですがこういうのもアリかと。

止まりスタイルが多数派になると、片方開けニーズは減ります。自然と2列に並んで乗るようになり列の消化も速くなる気がします。


素人考えではいろいろ思いつきますが、実際のところは頭のいい人がいろいろ考えた結果が今の形なので、速くしたり長くしたりするのはいろんな問題があるのかなあ。

一日に何度も食べないといけないのに食べたいものを考えるのなんて難易度高すぎるから考えないようにしたら少しだけ楽になった。

「さいきんとても暇なんだ」

と夜の4時前にツイートして、東京に来て5ヶ月が経ったけど思い返すと何も記憶に残っていないことに気付いて愕然とした。

仕事をきちんとしていれば生きていける程度には安全な日本だから、それ以外には、極端に言えば生きるのに必要なものなんて他にないから、仕事以外は記憶に残っていないのかな。それならば、久しぶりにブログでも書こうかと思って、はてなブログのアプリを開いた。

最近、気づいたことを書く。

お腹は空いているけど何も食べる気にはなれなくて、スーパーやコンビニでフラフラと30分くらい何を買おうか悩んでいるときに気づいたことがある。

「コンビニで決めきれない時は、目の前のものを適当に掴んでレジに持っていけばいい。何を食べても満足しないんだから何を買っても一緒だ。」

この発想はここ数年でもトップクラスに素晴らしかった。

仕事終わりに疲れて1人で家で食事をする。ここからはどんな喜びも生まれるわけがない。それならば目の前のものを掴むことで、何を食べるか選択をするというストレスからは解放される。

美味しい食事なんて週に一度もあれば満足出来るのに、日に何度も食事をしないと生きていけないように人間の身体ができているのは納得がいかない。ソイレントのような完全栄養食品がコスト面も含めて「完全」になれば週の6日は栄養を摂るための食事、1日は美味しいご飯。そんな風な食生活が送れるのにね。そうすれば選択するストレスからも時間も解放されるのに。

そんなことを考えて、目の前のものを適当に掴んで食べるようになった。

そうやって空いた時間をスプラトゥーン2に費やしている。任天堂のSwitchのゲーム。だけど、最近はそれにも飽きてきてフレンドと一緒にチームでプレイすることくらいしか楽しくなくなってきた。

だから、さいきんとても暇なんだ。

学校給食の食べ残しへの取り組み記事を読んで思ったこと

中学給食食べ残し「最多」→「最少」 達成導いた生徒の取り組みとは (神戸新聞NEXT) - Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170824-00000011-kobenext-l28

これが話題になってたので思うこと。


給食の提供スタイルって、給食係が皿によそって各自に配るっていう流れであってるのかな。昔はそういうスタイルだったので、今もそうだろうって前提で書く。

2人はポスターやクラス訪問での呼び掛けなどを展開。さらに、全13クラスの食べ残しを点数化して少ない順に公表し、最下位のクラスには対策も考えてもらった。最初は取り組みに無関心だった生徒も、残った給食を引き受けるなど次第に協力的になったという。

食べ残しがあるクラスを晒し者にする→
対策を考えるといった面倒なタスクを課す→
回避するために、給食を残すことは悪→
悪を叩く→
残飯が減る

これって食事に対してネガティブ感情が増すし、決していいことだとは思わないのです。残飯が減ったっていいことのように伝えてる記事の裏で、苦しんでいる人がいるんじゃないのって心配になる。

食べられないものは後でトイレに流したり、気の弱い子に無理やり食べさせたりってことになりかねない気がする。昼休みまでかかって無理やり食べさせられたニュースをたまに見るけど心が痛い。

残す理由って、「量が多い」もしくは「美味しくない」だと思う。単純に、適量にして美味しくしたら残飯が減りましたってことなら喜ばしい記事。ただ、この記事から感じるのは無理に食べてるんじゃないかってこと。

残飯を減らす目的のひとつは、成長に必要な栄養バランスを考えられたメニューだからってことだと思うんだけど、記事を読む限り一部生徒が「残った給食を引き受ける」っていう栄養バランスを無視したもののように感じる。

次は考え方が分かれることを前提として書くと、好き嫌いについて。

他の目的は好き嫌いをなくすってことだと思うんだけど、個人的には極度な好き嫌いは置いといて、そこそこの好き嫌いはいいんじゃないかなって思う。自分を振り返ると大人になるにつれて好き嫌いはかなり減り、今では苦手な食べ物は数える程度。味覚なんてここまで変わるんだから、子供のうちからそこまで無理に苦手なものを食べなくてもいいんじゃないかなあって思う。

小学校や中学校の頃の給食メニューを思い出すと、さすがにこれは不味すぎるってものもあった。あのクラムチャウダーは、食べるのは苦痛でしかなかったし残飯の量もその日は多かった。逆に人気メニューの時は残らなかった、例えばカレーとか。



残飯を減らすために考えたこと。

メニューを美味しくする。給食センターはいろいろな条件・制限の上でメニューを作ってるんだろうけど、取り敢えず美味しくなるようにがんばれ。

成長の差も踏まえて、給食の量はある程度の範囲は自分で選択できるようにすること。多めによそった皿、少なめの皿を並べて個人で選んでいく。もしくは、給食係に量を伝えて加減してもらう。

美味しい食事を、美味しく食べることが大事じゃないかなあって思ったので書いた。

世の中がどんどん便利になっていく。

世の中がどんどん便利なモノができて、生きていくのが楽になるはずなのに、そう感じないのは何故なんだろう。

ディープラーニングだとかAIだとか流行りの難しいことはよくわからないけど、食品だって効率よく生産出来るようになってる。何かを作ることも、より楽に短時間で出来るようになってるはずなのに何故なんだろう。

労働時間が減るか、もしくは収入があがっていくはずなのにどうしてなんだろうと思って調べて見た。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/wg2/koyo/131031/item2.pdf

減ってた。

労働時間はかなり減ってた。なんだ、昔の人はもっと働いてたのに人類は進歩して確実に労働時間は減ってたんだ。平均給与額が減ってるって話をよく聞くけど、そりゃこれだけ労働時間が減れば給与額も減るよ。

働かなくなって、給料が減って、使うお金が減ってるんだから生活が楽になってるって感じないのも納得。

そして、老いていくにつれ身体の機能は低下していき、体力はおとろえ思うように身体は動かなくなっていく。そういったことも関係してそう。

じゃあ、自由な時間が増えていっている僕らはいったい何をやってるんだ?家計簿なんてつけるよりも、自分の時間配分の把握の方が重要なんじゃないのかって思った。時間家計簿で検索してみたらちゃんとそういうアプリもあるのな。

便利な世の中だ。

なんでみんなそんなに怒ってんの

カリカリしすぎ。カリカリ君かよ。

アイヌヘイトスピーチを探して、何故ゲームプレイヤーのキャラ叩きをつるし上げる? - はてな匿名ダイアリー

特にこれだけって訳じゃなくて、たまたまこれがホッテントリ入りしてたから張っただけだけど。どこの角度から殴ろうか、どこから殴れば安心か、みたいなコメントばかりでさ。

貧困女子学生とNHKの件もそうだし、透けない白衣の件もそうだけど。そんな怒りのブコメをキメるような話でもないのに。「自分、あんぜんなところからの袋叩き好きっすー」って言いながら拳振り上げてんのな。

カリカリしすぎ。カリカリ君かよ。

エアコンのリモコンが複雑怪奇にかくれんぼ

エアコンのリモコンが高齢者に難しすぎる定期 - はてな匿名ダイアリー

この増田を読んだ。

ひどい、あまりにも複雑怪奇である。

エアコンもテレビも、リモコンと名のつくものはパッと見でわからない。自分ですら悩むのに高齢者からすると触りたくないものだろう。

そもそもエアコンの機能が多すぎる。だから故障するんだ。シンプルなものは故障しにくい。人がいるところをセンサーで調べる必要性なんてないんだ。我々は安くて故障しないエアコンが欲しいのだ。

エアコンに求める姿は、冷たい風か暖かい風が出る扇風機。それだけでいい。そうすればリモコンもシンプルになるのにって考えながらリモコンの絵を描いた。

冷房と暖房を切り替えるボタンと温度メーター。温度設定は上とか下はややこしい。実際にメーターをつまみで動かすのがシンプルで分かりやすい。温度計に似たようなインターフェイスは高齢者にも馴染みやすい。

これを描いた後に気づいたけど、そもそも(暖かい)とか(涼しい)ボタンは必要ないんじゃないかってこと。(入)と(切)だけでいいんじゃないか。

ずいぶんスッキリした。これは操作するのに戸惑わない。エアコン自体に温度センサーをつけておいて、それに合わせて暖房と冷房が切り替わる。

そしてエアコンのリモコンはすぐに隠れる。かくれんぼを定期的に始める。そもそもリモコン、リモートコントローラーはリモートである必要性はないからエアコンと紐で結ぼう。そうすれば電池の交換も不要だ。

ぼくのかんがえたさいきょうのえあこん。 今日も暑いね。

ここ数日、ポケモンGOをやっていないことに気づいた。

リリース数ヶ月前からワクワクしていた。 リリース後、数日間はワクワクしていた。 ある時、ふとつまらなくなった。

期待していたものと何が違ったんだろうといろいろ考えてみると、バトルがつまらなかったんだと思う。

やっていて、達成感がなかった。レベルを上げる一番効率のいい方法がひたすら ポッポを集めることだった。メダルには何のプレミアム感もなかった。ジムに行ってバトルをしてても、ひたすらスワイプと連打と長押しっていうAR感も位置ゲー感もないものだった。

もっと楽しめたはずなのに。どんなゲームだったらもっと楽しめただろう。

レベルアップをIngressのようにメダル式にして欲しかった。バトルをもっと楽しめるものにして欲しかった。チーム感をもっと出して欲しかった。期待していただけに残念。

初日の夜中に近所の公園のポケストップからピンクの何かが舞っていて、暇だし行ってみるかって向かってみると薄暗い公園なのに人がたくさんいて。ポケモンをたくさん捕まえた。そんな非日常感は楽しかった。

Ingressの時は周りにガチユーザーは居なかったのにポケモンGOでは周りの人もみんなやってて楽しかった。もうみんなやってない。

早すぎる終わり。 結局、スプラトゥーンに戻ってきた。